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人生朝露

人生朝露

アニメーションと胡蝶の夢。

荘子です。
荘子です。

今日は日本のサブカルチャーにおける『胡蝶の夢』について。

Zhuangzi
『昔者荘周夢為胡蝶、栩栩然胡蝶也、自喩適志與。不知周也。俄然覚、則遽遽然周也。
不知周之夢為胡蝶與、胡蝶之夢為周與。周與胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。』(『荘子』 斉物論 第二)
→昔、荘周という人が、蝶になる夢をみた。ひらひらゆらゆらと、夢の中では当たり前のように蝶になっていた。自分が荘周という人間だなんてすっかり忘れていた。ふと目覚めてみると、荘周に戻っているではないか。荘周が夢の中で胡蝶になったのか、胡蝶が荘周になった夢をみているのか、分からない。荘周と胡蝶にはきっと区別があるだろう。これを「物化」という。

日本では古くから詩歌、俳句、随筆、小説、絵画のみならず音楽や能や歌舞伎、映画等々で何度もモチーフにされてきた、荘子を代表する寓話ですが今回は近い時代の例をいくつか。

まずは、
うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー。
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(1984)』。高橋留美子原作の『うる星やつら』の世界観を、脚本・監督の押井守が大胆に再構築したアニメ史上に残る名作です。

参照:うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%82%8B%E6%98%9F%E3%82%84%E3%81%A4%E3%82%892_%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC

さくらさんと蝶 ビューティフルドリーマー。
温泉マークが、「永劫回帰」をするかのような世界の異変に気づき始めたシーンで、蝶が登場します。よく視ると喫茶店の中にも蝶が止まっています。

そして、最後の方に夢邪鬼(むじゃき)というキャラクターが諸星あたるに語りかけます。
夢邪鬼の夢の中。
≪夢邪鬼「あんさん夢でよかったとおもっておりますやろ。現実でのうてよかったと。夢やからこそやり直しがききまんねや。何遍でも繰り返せますねや。な。こういうの知ってまっか?蝶になった夢を見た男が、目を覚まして、果たしてどっちの自分がほんまやろ?もしかして、ほんまの自分は蝶が見ている夢の中におるん、ちゃうやろか?まあね、夢やから現実やからゆうて、所詮は考え方ひとっちゃ。ならいっそのこと夢の中で、おもしろおかしく暮らした方がええのとちゃいまっか?あんさんさえあんな無茶言わなんだら、わてなんぼでもええ夢作らしてもらいまっせ。わての作る夢は現実とおんなじなんや。せやからそれは現実なんや。」≫(『うる星やつら ビューティフルドリーマー』より)

いかにもな押井ワールド。

これ、そのまんま実践しようとしたのが『マトリックス』のサイファーですね。

参照:Agent Smith and Cypher
https://www.youtube.com/watch?v=Z7BuQFUhsRM

同じく押井守作品『攻殻機動隊』の中でも「胡蝶の夢」に類似したシーンがあります。
自分の記憶が書き換えられていたことに気づかず、尋問の途中で現実に目覚めた男。その様子をマジックミラー越しに眺めながらバトーが言います。

攻殻機動隊。
≪バトー「疑似体験も夢も、存在する情報は全て現実であり、そして幻なんだ。どっちにせよ、一人の人間が一生のうちに触れる情報なんて、わずかさなもんさ。」(『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』より ≫

Zhuangzi
『吾生也有涯、而知也無涯。以有涯隨無涯、殆已。已而為知者、殆而已矣。』(「荘子」養生主 第三)
→人間の一生には限りがるが、我々の知識欲は無限にある。限りある人生で得られた知覚によって、無限の知識欲を満たそうとするのは自らを危うくさせるだけだ。さらにその知の欲望に身を委ねることは、いよいよ自らを危うくさせるのみだ。

参照:There is No Ghost in the Shell: GITS Movie Analysis
https://www.youtube.com/watch?v=upwkqW6REpA

ここは珍しくて『荘子』の「斉物論篇第二」の最後の胡蝶の夢から「養生主篇第三」の最初の流れと一致する箇所です。「胡蝶の夢」だけにとどまらないところは他の作品と比較しても特徴的です。

『仙術超攻殻ORION』 士郎正宗著。
士郎正宗の原作『攻殻機動隊』は、道教の仙術をベースに、日本神話、クトゥルー神話、量子力学を織り交ぜた『仙術超攻殻ORION』の次の作品です。士郎正宗の『攻殻機動隊』のラストにも「易のピラミッド」があったり、中国の神話についての思索の展開があったりと、原作の段階から意図があります。そもそも、士郎正宗と押井守の共通のフィールドにタオイズムがあります。

次、
『カウボーイビバップ 天国の扉』(2001)。
劇場版『カウボーイビバップ 天国の扉』(2001)。SFのプロットと20世紀後半の文化的事象をごちゃまぜにしたスペースオペラならぬスペースジャズアニメ。ジョン・ウーの『男たちの晩歌』やブルース・リーのセリフを入れたり、風水で一話を構成させたりと、実際の背景のみならず、思想の面でも中国的な内容の多い作品です。

参照:Wikipedia カウボーイビバップ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%93%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%97

ヴィンセントと蝶。
≪「そいつはただ、ひとりぼっちだっただけさ。自分自身以外のだれともゲームを楽しめない。夢の中で生きているような、そんな男だった。」(上記『天国の扉』より)≫

・・・映画版のビバップはのっけから夢の話で、部屋の中で蝶が舞っています。テレビ版の後半部分も「夢」にまつわる話が多いので、その延長線上に劇場版のストーリーが位置づけられていると思われます。特に「生と死」「過去と現在」「夢と現実」を描いたテレビ版最終話は、荘子の思想とテーマが重なります。

参照:The end
https://www.youtube.com/watch?v=BeR41AT-ui0

劇場版『カウボーイビバップ 天国の扉』では前半と中盤と後半に胡蝶の夢を置いています。
天国の扉 ラスト。
≪「その命が尽きる前に教えてくれ。俺はとっくにタイタンで死んでいて、この世界は蝶達が俺に見せている夢なんじゃないか?それとも蝶のいる世界が現実で、俺がいた世界が夢だったのか?俺にはわからないんだ。」(同『天国の扉』より)

次、
『パプリカ(2006)』。
故・今敏(こんさとし)監督の『パプリカ』(2006)。筒井康隆原作のSF小説のアニメ化で「他人の夢を共有する」DCミニという医療目的の端末によって夢と現実の混淆を描いた作品です。『パーフェクト・ブルー』や『妄想代理人』『千年女優』と続いてきた今敏の真骨頂。

Wikipedia:パプリカ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%AB_(%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E6%98%A0%E7%94%BB)

パプリカの蝶。
『パプリカ』では夢と現実の境目がなくなってくるときに、一羽の青い蝶が目印となります。

参照:参照:Paprika (Anime Movie) Trailer [720p HD]
https://www.youtube.com/watch?v=jJzEW_eE1G0

パプリカと蝶
『パプリカ』の場合、象徴的なシーンで夥しい数の蝶を描いて「胡蝶の夢」を想起させるつくりになっています。

・・・これらは、現代や近未来を舞台にしていながら、紀元前の中国人の思想をモチーフにしているわけですが、すべて日本のみならず世界的に知られた作品群で、特にアメリカでの評価が高いものばかりです。

参照:日本アニメ映画・全米興行収入ランキング
https://www.youtube.com/watch?v=cn0vimpx6ZA

他にも実相寺監督の『ウルトラマンマックス』の「胡蝶の夢」の回、『空の境界』、『さよなら絶望先生』、『けいおん』、『じょしらく』...これほど一貫してモチーフにされた寓話もないだろうと思われます。「夢オチ」と言われる手法のハシリでもあるので、ある意味で通過儀礼として胡蝶の夢を使う場合も多いかな。

『荘子』を元ネタに使った近年の作品のなかでオススメは、『カンフーパンダ』です。
ウーグウェイ導師(Master Oogway)。
"Your mind is like this water my friend, when it gets agitated it becomes difficult to see. But if you allow it to settle the answer becomes clear."(友よ、そなたの心はまるでこの水のようだな、波立っていると何も見えない。しかし、その事象を受け入れ、落ち着きを取り戻せば、答えは自ずから見えてくる。)

カンフーパンダと荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5104/

ま、アニメーションというのは、存在しない「夢」を描くわけですから、荘子に行き着くのは自然なことだと思います。現実なるものに距離を置いて、本だのテレビの画面だの、銀幕の世界だのに入り込んで夢を見たがる人間の性。

今日はこの辺で。


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